（１）「気の説」

　古来より、定着農耕を主要な生活手段としてきた中国大陸の人たちにとって、四季の変化が正常に運行するかどうかは、切実な関心事であった。換言すれば、一年を通じて農耕の成果を左右する太陽や雨、風などの恵みを、ほどよく享受できるかどうかということが重大事であったのである。このことを「黄帝内経素問」の「四気調神大論篇」は、四季の季節特徴を、生（春）、長（夏）、収（秋）、蔵（冬）としてとらえ、この四季それぞれの季節の特徴的な働きを「四気」といい、それによってあらゆる生命活動が影響を受けるとみている。

　中国では，この「気の思想」が，春秋時代の末期（紀元前５世紀）から，老子や荘子によって主張され，「天人合一思想」とともに，森羅万象を理解するための基礎的な思想となった．この考え方は，さらに陰陽論と五行説とによって哲学性を深めて，漢方医学の思想的な背景を発展させた。

　荘子は，「人の生は気の聚〔あつま〕りなり、聚れば生となり、散ずれば死となる」とし，「気の思想」に基づく生命観を確立した。その後，戦国時代末期から漢代の数百年間にかけて「呂氏春秋」，「管子」，「淮南子」などによって「気の思想」は展開されてきた。漢方医学，とりわけ鍼灸医学の理論体系の大部分は，前漢から後漢にかけて形成されたが，その体系化にあたっては，この「気の思想」がよりどころとされている。

　「気」という言葉はよく耳にされるでしょう。では「気」とは？私たちは「気」のつく言葉を数多く日常で用いています。「気分がいい」とか「気のせい」だとか「気にする」とか。まず「気」という言葉は、心のはたらきを表現するために用いられています。しかし、それだけではありません。「空気」「電気」「磁気」はだれでも知っている言葉です。空気の存在を認めない人はいないでしょう。私たちの周囲はいたるところ空気で充満しています。電気は日常生活になくてはならないものです。磁気も目には見えませんが周囲の空間を埋め尽くして至る所に存在しています。さまざまな電磁波がこの空間を埋め尽くしているのです。各家庭でテレビを見ることができるのも、パソコンでインターネットを利用できるのも、この電気や磁気力のおかげです。

　このように「気」は目に見えない物理的現象を指す言葉としても使われています。ここでは特に、この物理現象としての「気」に焦点を当ててみることにしましょう。そうすると気功や太極拳で頻繁に用いられる「気」というものの正体がつかみやすくなるでしょう。「気」は、この宇宙の中のあらゆるはたらきの根本となる宇宙エネルギーのことです。現代用語を用いれば「磁気力」が最も近いものでしょう。磁気力は私たちが良く知っている常識的なものだからです。しかし、では「磁気力」の吸引力や反発力は、一体どこから生じる力なのでしょうか？現代物理学でも磁気力の正体はまだ謎だといわれています。実は、他ならぬ「磁気力」こそがこの空間の至る所に満ちている、多くの謎を秘めた宇宙エネルギーなのです。「気」つまり磁気力は、あらゆる場所に存在しています。大気中にも、水中にも、地中にも、そして宇宙空間にも存在しています。全宇宙空間は巨大な磁気力の場なのです。その宇宙空間にぽっかり浮かぶ地球はＮ極とＳ極をもつ大きな磁石です。そしてその上に生きている私たち人間は磁石に吸い付けられた鉄の針のような存在でしょう。人体にも「磁気力」が存在しているということは良く知られています。生物がもつ磁気力は「生体磁気力」という名前で呼ばれています。私たちの体も地球と同様に磁石なのです。頭部がＮ極で足先がＳ極です。また、その肉体組織を構成する全細胞も、ひとつひとつがＮ、Ｓの極性を持つ磁石と見ることができます。そうした細胞のそれぞれが引き付け合い、全組織や全肉体などを形成しているのです。